このブログでは、断熱改修と耐震改修をセットで性能改修とよんでいます。
近年では光熱費が高騰していますから、私が住む寒冷地北海道で関心が高いのは断熱改修の方なのではないかなと思います。特に大きな地震に見舞われたことのない札幌圏では耐震改修に対する意識は低いと感じています。
ですが、私はせっかく断熱改修をやるなら必要な耐震改修はセットでやるべきであると考えていますので、ホームページやブログで、性能改修という言葉を使うようにしています。
今回ご紹介する事例も、当初は断熱改修のみを希望されていた事例でした。
築27年、延床60坪を超える大きな住宅で、水回りの設備更新、窓、外壁の断熱改修、光熱費が高騰している深夜電力を利用した蓄熱暖房機、給湯器を別方式に交換することを希望していました。
インスペクションの結果、構造に思わぬ問題が
しかし、設計に入る前に行うインスペクション(建物調査)の結果、構造に思わぬ問題が発見されました。
床水平調査の結果、床の水平が十分に保たれていないことがわかったのです。さらに、小屋裏調査では、屋根の構造材に割れが確認できました。構造解析をしてみたところ、床のゆがみが屋根構造まで影響しているのがわかりました。建物の一部に柱が少ない大空間があり、その空間を中心に床が垂れ下がり、最上階、屋根にまで影響していたのです。
これまでは問題なく住んでいましたが、大きな地震が発生した際、また、温暖化で今後予想されている豪雪時の積雪量増加に、建物が無事に耐えてくれるかはわかりません。
この結果を受け、お施主様と設計側は、改修工事の範囲とコストをどの規模にするか、様々なバリエーションの検討と議論を開始しました。
改修メニューを検討して、建物の未来を考えると
10年住んで建て替える前提で、改修は当初の予算の範囲のままとしたら?5年だけ住むとしたら?耐震改修をしないとしたら何年住めるだろうか?など。
断熱改修にお金をかけても、構造を直さなければ、構造の歪みによって窓の建付けの悪さや屋根の雨漏りなどに悩まされてしまうかもしれない。そういった問題が起きて、再度改修をせざる負えない状況になれば、断熱改修で新しくした断熱材や内装材を剥がさなければならないかもしれない。
一方で、耐震改修に費用をかけて断熱改修を諦めれば、これからも光熱費や寒さに悩まされる生活が続く。
様々な改修バリエーションをコストとともに検討しましたが、何かを諦めればその分将来のリスクを抱えてしまいます。断熱改修を無駄にしないためには、耐震改修を行い、悪いところをしっかりと取り除くことが必要だとわかったのです。
そして最終的には、費用は上がりますが、30年不安なく住めるよう断熱改修、耐震改修、劣化部分の修繕を一度にしっかり行うという方針に決まったのです。
改修決断の背景
改修の規模を拡大する決断に至った背景には、いくつかの好条件がありました。
まずは、資金と居住可能な期間の見通しです。施主がまだ働き盛りで、予算が上がった分の支払いが可能なこと、また資金に見合う期間、長く建物に住める見通しが立ったということです。
また、既存建物を解体し同規模の建物を新築した場合のコストが、改修コストを大きく上回ることが予測されたことも、改修を決断したポイントでした。建物が大きいため、解体費もかさみますし、そもそも27年前に比べ、建設費は2倍以上高騰しています。同規模の建物を新築建て替えすれば、改修費用の3倍近く費用がかかることが予想されました。
最後に建物自体の価値です。この住宅と土地が、親族一同の思い出が詰まった建物であり、新築には替えがたい価値を感じていらっしゃったことです。
さらに建物のデザインの良さも建物の価値として評価できると思います。この建物は地元の建築家によるデザインなのですが、木造と思えないほど大きなリビングは、伸びやかで気持ちのいい空間です。吹き抜けを介して上階の隅々まで空気が回るプランは、北海道独特の全館暖房計画が反映されています。また、付加断熱や耐候性の高い外装材など、当時の最新の住宅建築技術が採用した意欲作であったころがわかります。設計者としても、北海道住宅史を伝える貴重な建物だと感じていましたので、この建物のデザインを残しながらしっかり修繕して住み継ぐという判断をいただけたことはとても嬉しいことでした。
最新性能とビンテージデザインを次世代へ引き継ぐ
当初は、建物外部から実施する断熱改修を計画していました。しかし、大空間に柱や梁を追加する耐震補強などの内部工事が発生することになったので、ダイニングキッチンとリビングが分離していた間取りを、オープンなLDKスタイルに変更することにしました。また、給湯暖房を都市ガスに切り替えたついでに、ガス式衣類乾燥機を導入するなど、利便性の向上も図りました。
耐震改修ではお施主様たっての希望で、現行の建築基準法同等の評点に達するしっかりとした改修を行いました。また、構造材の垂れ下がり、腐食や割れといった損傷に対しては補強や部分交換を行いました。
断熱改修では、省エネ基準未達のレベルから現在の新築の目標となる耐震等級6に近いレベルまで向上させています。改修後に実施した気密測定ではC値1.0未満と、これも新築レベルと言えるでしょう。
性能改修によって建物は、性能を回復し、使い続けられることで、次世代へと引き継がれました。同時にそれは、27年前の建築デザインと、27年間の家族の記憶を次世代へと引き継ぐことも可能にしてくれました。
建物は、必要とされつづけなければ、使い続けられなければ、どんなにデザインがよくても、放置されいずれ取り壊されてしまいます。
機能を時代に適合させていく性能改修はビンテージ住宅を後世に残していくためにも欠かせないと考えています。